報告書

二十代終わりにして初めてバイクを買った者の忘備録

⑤人生初のバイクが納車された日

私は、わくわくで寝れなくなるタイプだ。

旅行の前の日は、必ず眠れなくなるか、上手く眠れたとしても謎に2時半ごろに目が覚めて眠れなくなってしまう。

俺は普段仕事の前の日とかどうやって寝てたんだと自問自答して、何度目かの寝返りを打ち、車に乗らないときは酒に頼り、深夜カップ麺に頼り、挫折した本を読み返してみたりもするが寝れないときは寝れないものだ。

そのくせ、翌日の旅行中にはずっと眠気が付きまとうからタチが悪い。

 

そしてその日も、私は眠れない夜を過ごしていた。

いや、正確に言えば昨日の夜あたりから胸の高鳴りを無駄に感じていた。

明日、人生初のバイクが私の手元にくるのだ。

つまりそれは、原付に一度も乗らず中型バイクの免許を取得した私にとって公道での二輪の操縦も人生初となる。

これを不安と期待に押しつぶされないわけがない。

 

私は夕食をとり終わり、風呂まで済ませると、だらだらだらだらと今まで

何度となく見てきた購入したバイクのインプレ動画を見返していた。

曰く、最高速はそうでもないがトコトコとどこまでも行きたくなるバイクらしい。曰く、初心者から上級者まで楽しませる懐の広さがあるらしい。

Youtubeの中では主に誉め言葉が飛び交っており、それを聞くたびに自分の選択は間違っていないはずだと無理やり己を納得させようとしていた。

 

実際にバイクの現車をみて購入をしたのが2週間前であったが、それからマリッジブルーなのか、いままで選択肢にすら上がっていなかったバイクに目移りがしてしまい、金を振り込んだ後にあーでおないこーでもないと自問自答を繰り返していた。

多分俺は籍を入れた後に同僚の○○ちゃんてかわいいよなぁとか言い出すタイプだろう。だから俺は愛する女性を悲しませないためにも籍を入れるつもりもない。愛する女性もいない。

 

何度目かのYSP横浜戸塚チャンネルの動画を見終えると、冴えきった目で布団にもぐりこんだ。感覚的にわかる。これは寝付けない。

そのままスマホをいじって2時3時と夜が深まってきたが、今回ばかりはそこまで焦りがなかった。

明日は一日休みだが、私は朝早くから車両を手に入れたいのをぐっと我慢して、明日の昼13時に引き渡しをお願いしていた。

しかも引き渡し場所は店舗ではなく、家の近くのダムにある広めの駐車場でお願いをしている。

つまり、俺は俺が眠れなくなることを見越して、あえて遅く起きてもいいように昼過ぎに納車を設定していた。

俺は俺の裏を読み、俺の一枚上手をとったというわけだ。

 

そうこうしていると、4時にはさすがに瞼が重くなってきた。

よし、これで起きたら人生初バイクだ。念のため、12時にはアラームを設定しておこう。

明日からは人生が一変するんだろうか?わからない。

しかし、確かなことは明日には今までにない経験ができるということだ。

期待を胸に私は眠りに落ちた。

 

・・・・・・そして、目が覚めた。

窓の外からは強烈な日差しが差し込んできている。6月の初夏にふさわしい日照だ。そして、バイクを納車されるのにも十分にふさわしい。

 

私は晴れ晴れとした気分で時計に目をやった。

 

7時

 

なんでだよ!!

ほんとお前は思い通りになんねーな!

 

寝ることすら満足にできないポンコツくんは、そこから二度寝三度寝を繰り返し、10時頃からはそわそわしだして、11時には無駄に部屋の掃除をしていた。

そして12時には行きつけの定食屋に出かけ、帰ってくると車の中に置いていたヘルメットとグローブ、コミネのジャケットを手に取り、待ち合わせの駐車場へと向かった。

ヘルメットは案外迷うことなく、少し高かったがAraiのツアークロス3の白色を購入した。

購入した理由としては、単純に私のバイクに似合いそうだったからというのもあったが、どこかで聞いたヘルメットの値段は命の値段という格言が頭に残っており、ヘルメットは妥協せずにいいものを買おうと考えて、調べた結果がツアークロス3であった。

 

待ち合わせ場所につくと、意外にも約束していた時間の10分前だというのに、すでにバイク屋さんは到着していた。

バイク屋が乗ってきたトラックの荷台には、まさに今日から私の愛車となるバイクが固定されて載っている。

 

私はそれを遠巻きに眺めながら、うれしいような、始まってしまうのかと少しもったいないようななんとも言えない心持で近づいていった。

バイク屋さんに挨拶をすると、待っていたといわんばかりに荷台からバイクを降ろして、さっそく納車説明に入った。

心の準備が出来てなかった私は内心「うお、もうはじまった!」と一瞬たじろぐ。

 

バイク屋さんのテキパキとした説明を聞きながら今後に関わることだししっかり聞こうと集中する反面、わぁ〜俺のバイクカッコいい♡わっよく見ると少しラメっぽい色味してるんだ〜かわいい〜♡といった謎の慈愛精神に脳内を支配されてなかなか説明が頭に入ってこない。

そのため、納車説明は購入者が変態の気がある場合、購入者が己のバイクを舐めまわし全箇所に頬擦りをするのを待ってから説明しなければ、こう言った弊害が生まれることをこの場で啓蒙していきたい。

 

それはともかく、説明が終わり、スペアキーやら説明書を受け取ると、バイク屋さんは、では楽しんでください!と言い残し立ち去ってしまった。

思えば今までバイク屋さんを介してしか触れ合ったことがなく、二人きりになったのはこれが初めてで少し気まずい雰囲気が流れてしまった。

今まで教習所では決められたルートしか行けなかったが、これからは何処にでも好きな時に好きなルートで行くことが出来るという当たり前の事が大きな実感として感じられた。やばい。

そして今日から今この瞬間からそれが可能なのか……。

改めて先程受け取ったバイクを見返す。

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購入したのはセロー250 ファイナルエディション

今までバイク屋で見てきたより、なんか一回り大きく感じる。

 

運転自体は半年前に通った教習所以来行っていない。なんなら、殆ど忘れてしまったと言っても過言じゃなかった。

とりあえずセローに跨ってみる。

やはり足つきは良く体制も無理がない。個人的には乗り出す前から良い乗り心地だ。

セルを回してみると、キュルン、トトトトトト。と乾いた小気味いい音とともにエンジンが震え出した。空ぶかしをしてみると、キュルンキュルンと少しかわいい音がする。この時までバイクは空ぶかしすると、水冷四気筒のようなギューンと音がするものと思い込んでいて少し驚いた。なるほど、エンジンによってここまで雰囲気や出す音が変わるのか。何かこの時初めて空冷単気筒というものが分かった気がした。

 

では出発と、クラッチを切りローギアに入れて発進する。エンストする。

オーケー、オーケー。半年振りだもんな。

再度セルを回して、クラッチを切り……エンスト。

 

俺はこのダムから一生出られないのか??羽生蛇村の住人の気持ちを体感すること5分。

ようやく、発進の感覚が掴めてきた!半クラを疎かにしていたようだ。じわじわクラッチを開放していなかったのが原因のようだった。

 

発進、ギアチェンを繰り返して、発進からの感覚もだいぶ掴んできた。

こうして、グルグル駐車場を回っていても仕方ない。

公道に出てみよう。

 

意を決して、駐車場出口で一時停止をした時、ようやくバイクに乗ってるんだという実感と公道を身体むき出して走るという恐怖が一気に襲ってきた。

 

左右をいつも以上に見渡して、ギアがローに入っている事を確認し、クラッチを緩める。今回はエンストせずにぐんっと私の身体を前に突き出した。

少し怖くなってアクセルを戻すと、思ったよりエンブレが強く車体がガタガタ言い出した。

それも怖くて仕方なくアクセルを捻るとぐんっと加速する。するにはするがすぐに加速の頭打ちをするためギアを上げると、再度ぐんっと加速した。

おお、これは

 

……怖い!!!

メーターを見るとまだ40キロしか出ていない。この速度は教習所でも一瞬到達する速度だ。

しかし、公道では目まぐるしい速度に感じる。自動車を運転している時には欠伸が出るような速度なのに、バイクだとこうも感じ方が違うのか。

 

よく聞く話、バイクは風を感じれるから良いと聞いたことがある。

しかし、今感じているこの風圧は風の暴力だった。

胸から上にかけて後ろに押されるような圧力がかかってくる。

感じるとかじゃなくて強制的に体感させられてるといった表現の方が正しい。

 

気がつくと後ろに車が連なっていた。

左ウインカーを出し、後続車を先に行かせて、車が後ろの景色からまったくいなくなるのを確認してから再度出発する。

再度40キロくらいの速度に達した時、今さっきあまりギアチェンやクラッチ操作を意識せずに出発できたことを思い出して、ヘルメットの中で微かにニヤけてしまう。

 

こうして、後続車がつくたびに脇に寄って停止して、詰まりが解消して出発する動作を繰り返していると少しずつバイクの操作に慣れて自信がついてきた。

少し自分に余裕が出来ると、道路の先以外に、その周辺の景色を眺める余裕も少し出てきた。

 

その時、

ああ、なるほどね。

って感じた。

 

これは車を乗ってる時には感じなかった感覚だ。

なんというか、言葉にするのは難しいけど、外部と自分が同じ景色の中にいるって感じだ。車に乗ってる時は、窓から見る景色は外であって境界的には『外の景色』であったのに対して、バイクにのっている今は『自分すらも景色の一部』のように感じた。

広い景色の中に自分がいて、道は少し荒れて下り坂で、風はそこそこ強くて、虫はそこそこ飛んでいる。

この道の上にある事すべてが他人事ではなく、道路条件、天候、混雑具合といった環境を感じ取りながらこの道の上を走っている。

 

おお、これは楽しいのかも知れない!

 

セローは、教習所のcb400sfより過敏に体重移動やハンドルの切れに追従して動いてくれる。

ギアは走り出すと、4速か5速にしていると大丈夫のようだ。

特に、5速で60キロ近くを加速している時が気持ちいい。

 

お!60キロ!!

いつの間にか自分は60キロで流れに乗って走れるようになっている!

 

ただ、セローはこの速度域が好きなようで、これ以上はあまり好きじゃないらしい。ハンドルがブレ始めてしまう。

もっと言うと、30〜40で走ってる方がなんかイキイキしてる気がする。

 

カーブにさしかかると、若干速度を落として車体を倒し込んでみる。

当たり前だが、motogp の選手のように倒れる訳ではないが、そもそもセローのセルフステアが強く車体は直ぐに垂直になる。

セローはカーブも結構楽しいが、少しばたつきがある。どうやら、カーブを攻めるといったことよりも、カーブ中にも通る道を変更できるような『どこを走るか』ってところが得意のようだった。

 

そうこうしていると、目標として決めていた今は誰も住んでいない祖母の家まで着いてしまった。

ここまでの道のりはざっと一時間。

車で来る時はまだかまだかと思いながらここまで来るが、今日はまだまだ走ってみたかった。

 

目標に決めた時は、しょっぱなから一時間はやりすぎだと感じていたんだけど…。

 

その時、昔から気になっていた道を思い出した。

少年の頃、祖母の家に来た時に、15分くらい車で走った先にある砂浜でよく遊んでいた。

その時に私は、砂浜の先に続く道の先が気になっていた事があった。夏の蜃気楼の先に白くて小さな民宿があり、その先はカーブで道が見えなくなるのだが、沖まで泳ぐとその先に塔の様なものが見えていた。

 

大人になり、一度その近くまで車で来たことがあったのだが、その民宿から先は道が細くなっていて車の運転嫌いな自分はそこで引き返していた。

 

よし、行ってみよう!

このセローならいけるかもしれない。

 

早速砂浜を目指して進路を変える。

この辺りは、かなりの田舎町であった。次第に民家はまばらになり、道路上の標示は殆ど消えかけ、道の両サイドからはシダの葉が覆い被さる。

 

民家の傍らには、朽ち果てた車が倉庫代わりになっていた。

私はこの雰囲気がどこか好きだった。

 

続く急カーブに悪戦苦闘し、二速と三速の境目の様な道を抜けると砂浜にでてくる。

砂浜は初夏にもかかわらず誰もいない様だ。

 

砂浜の手前の道を横切り、幼い頃遠巻きに見た白く小さい民宿を超えてカーブに入ると急に道路が狭くなる。

 

堤防と山の斜面の間にあるわずかな道路は、途中で切って再度埋めた後があり、路面はお世辞にも良いとは言えなかった。

しかし、セローは路面の悪さを気にせずぐいぐい進んでいく。

 

ギアを三速に入れ30キロ程度で進む。

向かいから車がくると確実に車同士はすれ違うことは出来ないだろう。

少し進むと、道路は山道に続いていく。

このまま、海沿いを走ると思っていたから少し残念だ。しかし、山道に入ると小さなカーブが続き、路面の状況はさらに狭く悪くなる。

 

ここは歩いて行くには遠く、車で来るには道路状況は悪すぎる。

 

でも、セローに跨って進むのはかなり楽しい!

セローのギア比は凄い。よく考えられている。

こうたった道は、ギア三速でいくと程よい安心感とこの先に何があるんだろうって冒険心が刺激され、ぐいぐいと前に進みたくなる。

路面の悪さも、自分がセローというマシンを操ってる感が出て自己肯定感が高まってくる。

 

一度、かなり荒た砂利道を抜けると、いきなり広い場所に出た。

どうやらここが行き止まりの様だ。

 

人影一つない広場の奥には、苔むした看板にナントカ自然公園と書いてあった。

看板脇から伸びる遊歩道は、オレンジのタイルが敷き詰められているが、その上には折れた枝や落ち葉がかぶさっている。

あまり、人通りは多く無いようだった。

 

セローを止め、新品のバイクシューズで荒た遊歩道を進む。

道はなだらかな登り坂で、運動不足の呪われた身体は直ぐに根を上げ、ぜひぜひと息が上がってくる。汗も吹き出して、着てくるべきでなかったコミネのジャケットの腋を濡らしてしまった。

 

しばらく進み、引き返すべきか迷った頃、前方に白い塔が見えてきた。

自分に甘い己の最後の力を振り絞り、塔に駆け寄ると、それは灯台の様であった。

初めてこの灯台を認識してから、十数年越しの訪問だ。

 

ひとしきり首を上げて灯台を眺め終わると、その横の展望台に登り、手すりに肘をついた。

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眺めはよいが、そこまで感動するって程でもなかった。でも、感慨深かった。

 

バイクを手に入れた初日に、このバイクは俺を知らない場所まで連れてきてくれた。

おそらく自分はバイクを手に入れなければ、ここまで来ることは無かったであろう。

 

手すりにもたれかかり、景色をひとしきり眺め終わると、なんか心が軽くなった気がした。

そろそろだなって思って、私は踵を返しバイクまで戻り、次こそは祖母の家を目的地にセルを回した。

 

なんかいいな、こういうの。

それがバイク納車初日の感想だ。

私はバイクに詳しくないから、上手く言葉に出来ないけど、なんかいいなって思いながら帰路についた。

 

途中、田舎道を走っていると丁字路に一台の郵便局の赤いカブが左ウインカーを出して止まっていた。

私は、右折のためそのカブの隣につけるて、左右を確認した時、郵便局のお兄さんと目があった。

 

私は、こんにちはーと会釈すると

郵便局のお兄さんは、それ、セローですよね??

と声をかけてきた。

私は驚いて、はい!今日納車でしたー!

って首を縦に振った。

車に乗っていて、そうやって話かけてもらった事はない。初めての経験だ。

 

後ろに車もいなかったので、二、三言話した時に、郵便局のお兄さんは、

実は自分も125だけどオフロード車に乗っているんですよ!結構この辺、いい道ありますよ!

って笑って言った。

私は直感的に、ここで教えて下さいよーって言うべきだと思ったが、何故か曖昧に

そうなんですねー、それじゃあ……

と言ってセローを発進させた。

 

その時は、まだ初心者だし詳しい人と繋がりを持つのはしんどいかもなって思った。

でも、その日から2年以上経過しているが、今もなお、その判断を後悔している。